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世界最大のハルバック型磁気回路を開発

信越化学工業(株) 磁性材料研究所は、ハルバック型永久磁石としては世界最大となる大型磁気回路の開発に成功しました。総重量は約9.5トンで、主に次世代半導体であるMRAM(磁気抵抗ランダムアクセスメモリ)や回転や位置を検出するエンコーダー向けのMRセンサ(磁気抵抗素子)の製造工程に用いられます。

 

強磁場ハルバック型磁気回路

 

図1.強磁場ハルバック型磁気回路


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ギガビット級のスピンRAMとよばれるMRAMを実現するためには、磁場中熱処理工程が必要不可欠ですが、必要な発生磁場が1テスラ以上と非常に大きく、さらにスキュー角、均一性も極めて0(ゼロ)に近い数値が求められます。従来は電磁石や超電導磁石が用いられていましたが、磁場性能と磁場安定性の良さ、およびメンテナンスフリーであることから、最近は永久磁石方式を採用する半導体メーカーも多くなりました。従来は8インチプロセスまでの導入に留まっていたのですが、近年の12インチプロセス化の流れを受けて、ハルバック型磁気回路の大型化のニーズも高まっています。

 

 磁気回路内径
 500ミリメートル
 回路外径
 1.4メートル
 回路高さ
 1.0メートル
 回路重量
 約10トン
 プロセス空間
 Φ300×300Hミリメートル
 平均磁場強度
 1.05テスラ
 プロセス空間均一度
 ±2.8%
 スキュー角
 ±0.87°以下

 

表.磁気回路の特性

 

信越化学では以前から1~1.5テスラまでの多様な大型ハルバック回路を製造してきましたが、今回開発した磁気回路は、12インチ向けとしては世界に先駆けて導入されたもので、直径1.4メートル×高さ1メートルの円筒形で総重量は約10トンもあり、強磁場を発生する永久磁石回路としては世界最大です。本磁気回路は昨年末に完成後、装置メーカーに納入され現在様々な評価実験が行われています。

 

ハルバック型配列(別名ダイポールリング)は、永久磁石のみで構成される磁気回路の中では最も磁気効率の良いとされる構造で、ドーナツ状に外部磁界の向きと同じになるように磁石を配列することにより、内径空間(ドーナツ状の内側)に非常に均一性の高い磁場を発生します。反面、磁石配列が複雑なために、1テスラ以上の強磁場を発生できる大型回路の製作は非常に困難でした。今後このような磁気回路は、半導体メモリやHDDドライブヘッドの高性能化、医療機器、および基礎研究用途等、安定した強磁場発生源が求められる分野での利用が期待されています。

 


開発経緯


一般的に大型磁気回路は、静磁場安定性と複雑な磁場を構成できる反面、電磁石や超電導磁石と較べて高コストなため、医療用もしくは基礎研究分野以外では利用されることは殆どありませんでした。

 

しかし、近年の技術進歩や省エネルギー化の流れを受けて、従来は電磁石で発生させていた磁場を永久磁石に代替する傾向が見られるようになってきました。特に、磁場中熱処理のような広い領域で1テスラ以上の磁場を発生させる場合では、莫大な電力と冷却用の水を消費する電磁石に対し、磁場の安定性やメンテナンスが要らない永久磁石のほうが、導入コストを考慮してもトータルメリットが高くなるのです。

 

永久磁石式回路で強磁場を発生させるためには、ハルバック型配列に磁石を構成するのが最も効率が良いと考えられています。この配列を用いれば、従来の永久磁石式磁気回路では困難であった広領域での強磁場発生が可能です。

 

ハルバック型磁気回路は複雑な磁石配列なので磁気回路を製作するのが難しく、これまでは内径100mm程度の小型品の製作が限界でした。信越化学では、このハルバック型磁気回路の大型化を実現するために、3次元磁場-構造連成解析によって磁石形状の最適化や製造工程の見直しを行いました。

 

磁気回路解析

 

 

図2.磁気回路解析

 

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設計値に近い磁場を再現するためには、高精度で磁気回路を組み上げなければならないうえに、磁場性能をさらに向上させるための機構も設ければなりません。すなわち、製作に必要な治工具や磁場調整機構の開発も重要な技術課題でした。

 


開発の内容


ハルバック型磁気回路の内径側に発生する磁界の大きさは、磁気回路を構成する永久磁石の体積によって制御されます。一方、磁場均一性やスキュー角は周状に構成された磁石の分割数と、円筒中心軸方向長さ(H)と直径(R)の比率(H/R)が大きいほど向上します。したがって、磁気回路の外径を拡張するだけで磁界強度を高められますが、逆に磁場均一性やスキュー角は悪化します。周方向の分割数を多くするほど理想的なハルバック配列に近くなり、内径側プロセス空間を有効に利用できるようになりますが、様々な磁化方向の磁石セグメントを用意しなければならないのでコスト的には不利になってしまいます。

 

セグメントの周方向分割

 

図3.セグメントの周方向分割

 

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一般的なMRAM向け熱処理の磁場仕様は、プロセス空間において平均磁場1テスラ以上、磁場均一性が±3%以内、スキュー角が±1度未満です。例えばプロセス空間が直径300ミリメートル×高さ300ミリメートルの円筒形の場合、前述の磁場仕様を満たす磁気回路の大きさは、直径で約1.5メートル、高さは約1メートル、付帯する装置も含めると総重量は10トン以上にもなります。 尚、周方向の分割数は磁界解析および製造ラインの制約を考慮した結果、24分割が最も効率が良いことがわかりました。

 

ハルバック型磁気回路に使用されている希土類永久磁石は、フェライト磁石の約10倍ものエネルギー積を有するので発生磁場が高くなります。反面、複雑な配置で構成させようとすると、個々のセグメントの反発力や吸引力の影響を受けるために製作が非常に困難です。信越化学では、組み立て中に発生する磁気回路の内部応力を3次元磁場-構造連成解析を用いて予測し、組み立て時の吸引・反発力の影響を最小限に留めて、製造時の負荷を低減できる大型磁石セグメントを開発しました。

 

磁石セグメント

 

図4.磁石セグメント

 

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永久磁石は素材自体では磁界を外部に発生せず、着磁工程を経てようやく磁石となります。たとえばネオジウム磁石の場合、2テスラ以上の強磁場を磁石に印加しなければなりません。その際の強磁場発生手段としてパルスコイルまたは電磁石を用いられていますが、これらは大型化が困難なので磁化方向が10センチメートル以上の大型磁石の着磁には不向きです。そのため、従来の常識では大型磁石セグメントの製造自体が意味の無いものでした。

 

大型磁石の着磁を可能にしたのが超電導コイルです。しかし、大口径で3テスラ以上の磁場を発生できる超電導コイルの製作実績のあるメーカーは存在しなかったため、信越化学は超電導コイルメーカーとの共同で内径800ミリメートルの超電導着磁器を開発しました。この装置を利用することによって最大50センチメートル立方の磁石の着磁が可能となりました。

 

超電導着磁器

 

図5.超電導着磁器

 

 

完成したハルバック型磁気回路を高精度で磁場評価するために、専用の磁場計測治具とホール素子プローブを開発しました。これらの装置を用いることで、従来のガウスメータでは困難だったマイクロテスラ領域の磁場も容易に計測できるようになりました。

 


用語の説明


MRAM (Magnetoresistive Random Access Memory)
  磁気抵抗ランダムアクセスメモリの略。構造はDRAMに似ていて、DRAMのキャパシタ部分をTMR素子(トンネル磁気抵抗素子)に置き換えたような形をしています。TMR素子の2つの強磁性電極の磁化の相対的な向きが平行か反平行のどちらかの状態をとるようにすると、トンネル磁気抵抗が変化するため、1個のTMR素子で1 bitの情報を記憶できます。素子の電気抵抗を計れば、TMR素子に記憶された情報を非破壊で読み出すことも可能です。高速化かつ高集積化が可能なため、次世代メモリデバイスの最有力候補といわれています。

 

磁気回路内径空間での実測値(上)とスキュー角(下)

 

図6.磁気回路内径空間での実測値(上)とスキュー角(下)

 

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スキュー角
  一般的にはプロペラ羽根の軸中心と羽根の面とがなす角度を示しますが、この場合は主磁場(1軸性の主成分磁場)に対する湧き出し磁場(主成分に対して90°の方向。すなわち3次元空間において、主磁場をBzとした場合のBxおよびBy)の正接の逆関数で示されます。磁場中熱処理の場合、プロセス空間内でのスキュー角は1°以内が望ましいとされています。

 

 

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