希土類磁石の基礎 / 希土類磁石の基礎
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N 極と S 極をもつミニ磁石(磁気双極子)の集合体を、磁性体といいます。世の中のあらゆる物質は、原子や分子など磁気的な作用を受ける粒子からできており、これが磁気双極子となるので、結局すべての物質はある種の磁性体であると言えます。この中で、特に強い磁気双極子を持っていて、さらに特殊な磁気的性質が備わっているために実用的な価値を持つものを、磁性材料と呼びます。特殊な磁気的性質とは、飽和磁化や透磁率、保磁力と呼ばれる磁気的な特性値のことで、詳細は後でまた説明します。
磁性材料となりうる物質は、磁気双極子の並び方に特徴があります。
図(a)は一般の物質の磁気双極子の配列の模式図です。それぞれの磁気双極子はばらばらの方向を向いているので強い磁性材料にはなりません。
それに対して、図(b)では磁気双極子が一方向に揃っています。このような構造を持つ物質は強い磁性を示すことができるので、この磁気的性質を強磁性と呼んでいます。強磁性を示す物質にはフェロ磁性体とフェリ磁性体の二種類があり、現在使用されている磁性材料の多くは、このどちらかに分類されます。(表(a))
さて、実際に使われている磁性材料を、その機能面から分類すると、大きく分けて2つの種類があります。ひとつは軟(ソフト)磁性材料と呼ばれ、もうひとつは硬(ハード)磁性材料と呼ばれています。ここで、軟らかい(ソフト)あるいは硬い(ハード)と言うのは、それぞれの材料内部の磁気双極子が、外部からの磁場に対してどのように反応するかということから命名されています。
図(c)にこれらの材料の模式図を示します。外部から磁場 H を磁性体にかけたとき、かけた磁場の方向に物質中の磁気双極子が簡単に向いてしまう、外部磁場方向に容易に追従していくような材料を軟(ソフト)磁性材料といいます。一方、外部磁場の方向には揃わないで、磁場の方向が変化しても、特定の方向に磁気双極子を揃えたままにしている材料を硬(ハード)磁性材料といいます。
磁性材料において、外部磁場の方向への磁気双極子の向きやすさの程度、追従の度合いを表す値を透磁率といいます。磁気双極子の方向が変化しやすいものほど透磁率は高く、一方なかなか方向の変わらない材料は、透磁率は小さいと評価されます。
磁気モーメントの大きな磁気双極子を持っていて、かつ透磁率が小さく、外部磁場に対して安定な材料が永久磁石として使われます。永久磁石では、磁気双極子は外から大きな磁場をかけても向きを変えず、特定の方向(容易磁化方向)を向いた状態が維持されます。上述した保磁力とは、この配列を変更する難しさの程度を表す数値です。保磁力が大きいほど、大きな外部磁場に対しても変化しない安定な磁石になります。
現在主に工業的に使われている永久磁石材料の分類を表(b)に示します。
フェライト磁石は Fe と Ba または Sr の酸化物を主成分としています。原料が安いため低コストで、酸化物が主成分であるため、比電気抵抗が高い、耐食性に優れる等の特徴があります。
一方、合金磁石には、アルニコ磁石、希土類磁石(レア・アースマグネット)があります。特に希土類磁石(レア・アースマグネット)は1960年代後半から開発され、その他の永久磁石材料に比べて非常に高い磁気特性を持っています。希土類磁石(レア・アースマグネット)には SmCo 系磁石と NdFeB 系磁石があります。詳細については、本ホームページ内に説明がありますので、そちらをご参照ください。
永久磁石材料を使用する場合、磁石材料を単独で使う以外に、これらの材料を粉末状にし、プラスチックやゴムと混合して成型したものを使用することがあります。このような磁石をボンド磁石と呼びます。ボンド磁石は自由な形状に加工することができる、他の部品と一体成形することができる等の特長がありますが、全体積中の磁石材料の割合が減るので、その分磁力は弱くなります。
表(b) 永久磁石材料の分類
4.-1 磁気特性の履歴曲線
次に磁気的性質の定量的な評価方法について考えてみます。磁石を始めとするさまざまな磁性体内部での磁束密度 B、磁場 H、磁化 J( I )には次のような関係があります。
B =μ0H + J ( B = H + 4πI )*
B : 磁束密度 [ T ]( [ G ] )
H : 磁場 [ A / m ]( [ Oe ] )
J ( I ): 磁化 [ T ]( [ G ] )
μ0 : 真空の透磁率 4π×10-7 [ H / m ]
( * このページでは SI 単位系で式および物理量を示します。参考までに()内に CGS ガウス系での標記を示します。)
この式は、磁性体内部での磁束密度 B が、磁場の大きさ H と磁性体の磁化 J( I )の和で表されることを示しています。通常、磁場の大きさ H はわかっていますから、磁束密度 B の大きさを知るためには、磁性体の磁化 J( I )がわかればいいことになります。磁性体の磁化の大きさ J( I )は、磁場の大きさにより変化し、その関係を図に示したものを J-H ループ( 4πI-H ループ)と呼びます。
図(d)に永久磁石の J-H ループ( 4πI-H ループ)を示します。横軸に材料に印加された外部磁場 H の値を、縦軸に外部磁場によって誘起された材料の磁化 J の値をプロットします。この磁化 J と外部磁場 H の関係は、材料の辿ってきた経緯によって変わるので、履歴(ヒステリシス)曲線と呼ばれます。磁化 J が 0 の状態(消磁状態)にある永久磁石に磁場をかけていくと、磁場の増加とともに磁化も次第に増加し、十分大きな磁場になったところで飽和に達します。このときの曲線 O-a-b-c を初磁化曲線といい、このように消磁状態であった永久磁石を磁化させる(磁石にする)ことを着磁といいます。また、点 c の飽和に達した磁化の大きさを飽和磁化 Js(4πIs)と呼びます。
磁化が飽和に達した状態から今度は外部磁場を減少させていくと、磁化は元の曲線を通らず、c-d の様に緩やかに減少していきます。点 d、磁場 0 の時の磁化の大きさを残留磁化 Jr(4πIr)と呼びます。さらに磁場を減少させ、磁化方向と逆の方向に磁場を増加させていっても磁化はすぐには 0 になりません。このような性質が硬磁性(ハード磁性)材料の特徴です。磁場を減少させていくと、磁化は d-e-f の様な曲線を描き、点 f の磁場で 0 になります。この磁化が 0 になる磁場の大きさを保磁力 HcJ と呼びます。また、曲線 d-e-f を減磁曲線と呼びます。
図(d) 永久磁石のJ-Hループ( 4πI-H ループ)
永久磁石そのものの磁気特性を評価するときには、十分に着磁した状態での減磁曲線( J-H 曲線( 4πI-H 曲線))が用いられます。一方、実際の材料の使用状態では、材料の磁化 J 以外に外部磁場 H も考慮に入れて、トータルの磁束密度 B と外部磁場 H の関係を表す B-H 曲線で評価する方が適切なこともあります。
図(e)に永久磁石の J-H 曲線( 4πI-H 曲線)および B-H 曲線を示します。磁束密度 B は前述の式の通り磁化 J に磁場 H の定数倍が加算されるので、B-H 曲線は J-H 曲線( 4πI-H 曲線)に比べて右肩上がりの曲線になります。
減磁曲線では通常磁場 H 軸の左向きを正にとります。左図の磁場が 0 の時の磁束密度の値を残留磁束密度 Brと呼びます。この値は残留磁化 Jr(4πIr)と同じ大きさとなります。磁束密度が 0 となる磁場の大きさも、前出の磁化が 0 になる時の磁場の大きさと同様に保磁力と呼びます。磁束密度が 0 になる時の保磁力は HcB と表し、磁化が 0 になるときの保磁力 HcJ と区別しています。
図(e) J-H 曲線( 4πI-H 曲線)と B-H 曲線
4.-2 反磁場とパーミアンス係数
図(f)に示すように有限の形状をもつ磁石中では、材料自身の磁化のため、磁化の方向と常に逆方向の磁場、反磁場 Hd が発生します。反磁場は磁性材料から磁束を取り出そうとする時、材料の大きさが有限な限り必ず存在します。この反磁場 Hd の大きさは磁化の大きさに比例し、
Hd = - NJ/μ0 ( Hd = - N4πI )
N : 反磁場係数
と表されます。反磁場係数 N は磁性体の形状により決まります。
通常、磁場解析では B-H 曲線を解析に用いるため、この反磁場係数 N の代わりに
p = - Bd / μ0Hd ( p = - Bd / Hd )
で定義されるパーミアンス係数 p を使います。ここで Bd は、図(g)に示す通り、 B-H 曲線上で磁場が反磁場 Hd の時の磁束密度の値です。このパーミアンス係数 p も反磁場係数 N と同様に磁性体の形状によって決まる係数で、パーミアンス係数 p と反磁場係数 N の間には以下のような関係があります。
p = ( 1 - N ) / N
また、原点と B-H 曲線上の点(Hd,Bd) を通る直線 OP をパーミアンス直線と呼び、この直線の傾きがパーミアンス係数 p となります。
4.-3 磁石の最大エネルギー積
磁石から取り出せるエネルギーの大きさは、図(h)の B-H 曲線で磁束密度 B と磁場 H の積に比例します。この磁束密度 B と磁場 H の積の極大値を最大エネルギー積 ( BH )maxと呼び、その単位は kJ / m3( MGOe )となります。強力な磁石、すなわち最大エネルギー積 ( BH )max の大きな磁石となるためには、B-H 曲線で残留磁化 Br および保磁力 HcB が大きくなることが必要になります。このことを J-H 曲線( 4πI-H 曲線)で言い換えると、残留磁化 Jr および保磁力 HcJ が大きく、さらに J-H 曲線( 4πI-H 曲線)がより四角形に近い(角形がいい)ほど、優れた磁石だということになります。
図(h) B-H 曲線、J-H 曲線(4πI-H 曲線)と (BH)max
着磁した磁石の温度を室温 T1 からより高温の T2 に変化させると、熱エネルギーによる磁気モーメントの揺らぎによって、減磁曲線は図(i)のように変化します。それに伴い、残留磁束密度 Br と保磁力 HcJ が小さくなります。このように磁束密度 B が減少していくことを減磁と呼んでいます。
減磁には表(c)に示すように、磁石の温度を室温 T1 に戻せば、磁束密度が元の大きさに戻る可逆減磁と、磁石の温度を室温 T1 に戻しても、磁束密度が完全には元の大きさに戻らない不可逆減磁の二種類があります。
表(c) 減磁の分類
5.-1 可逆減磁
可逆減磁の場合、残留磁束密度 Br と保磁力 HcJ の温度変化の度合いは、レア・アースマグネットの品種により異なり、その温度係数が特性表に記載されています。
5.-2 不可逆減磁
磁石の温度を室温 T1 に戻しても、磁束密度が完全には元の大きさに戻らない不可逆減磁には次の二種類があります。
5.-2-1 初期減磁
今、ある磁石の常温での減磁曲線を図(j)中の(1)、同じく昇温時のものを(2)とします。まず、この磁石の使用パーミアンス係数を p1 とした場合、その動作点は昇温によって一時的にa点からb点に移動しますが、冷却によって再びa点へ戻ります。(→可逆減磁)ところが、パーミアンス係数が p2 の場合、はじめa'点にあった動作点は昇温によって曲線の屈折部(いわゆる“knee”)よりも下のb'点まで移動します。そして、このような場合には、一旦移動した動作点は、冷却しても元のa'点まで戻らず、c点までしか回復しません。この結果生じるa'-cの減磁を初期減磁と呼びます。
この初期減磁の度合いは、可逆減磁の場合と同様にレア・アースマグネットの品種、使用温度及び使用パーミアンス係数の3つの要素で決まります。
5.-2-2 経時変化
着磁された磁石は、磁気モーメントの熱揺らぎにより、時間の経過とともに徐々に磁化を減少させていきます。これを経時変化または経時劣化と言います。このような現象は、程度の大小はありますが、時間が十分に長くなればすべての種類の磁石に発生します。つまりあらゆる永久磁石は、「永久に磁石である」ということはないことになります。磁化の減少は、その磁石が使われている磁気回路のパーミアンス係数が小さいほど、磁気回路を使用する温度が高いほど大きくなります。